いのち尊し


金原 圓勝寺住職 橘 正信
家庭にお仏壇を

 わが国は早くから仏教をとり入れ、特に聖徳太子は十七条憲法において、その第一条に「和を持って貴しと為す」とし、その第二条に「篤く三宝を敬え、三宝とは仏・法・僧なり」と示されました。人間として一番大切なことは「和心であり、その実現のためには仏さまを敬うことであると国民に宣言されたのであります。
 天武天皇は「各家に仏舎を設け仏・経文を祀り、三宝を供養せよ」と詔勅を発布せられ、家庭に仏壇を安置せよと指導されたのであります。
お仏壇を安置することは、仏さまの教えによって家庭の和を保ち、国の平和を願われたのであります。仏さまやご先祖のおかげによって生かされているということを子孫に伝え、「いのち」の尊さに目ざめる場所でもあります。それによって食前・食後の「いただきます」「ごちそうさま」は日本人の基本的作法が定着したのでありましょう。

お仏壇を中心にした家庭生活

 日本の多くの家庭では、お仏壇を中心にして生活が営まれてきました。朝はまず仏さまにお仏飯を供え、子や孫たちとみんなで仏前でお経を読み、そのあと朝ごはんを食べるのであります。子供たちは「お参り」をしなかったなら「ごはん」が食べられなかったのであります。こうして一日がはじまり、夕べになると仏前にてお経を読み一日が終わるのであります。このようにどこの家庭からも読経の声が聞こえてきました。又、よそから頂いたものは必ず仏さまにお供えしました。また一生にかかわる折目の儀式も、出産・入学・卒業・結婚式・葬式等すべてわが家の仏前で行われました。正月元旦からはじまる年中行事、お彼岸、お盆さらにはお寺参りは欠かさず、仏さまの教えを聞き、それが日常の生き様にも「おかげさま」「もったいない」「悪いことはしたらいけない」といった思いが身についていたものであります。

物質中心的な生活

 このような心豊かな、うるわしいお仏壇を中心とした家庭生活がうすれつつある今日社会は悪化するばかりであります。今や自殺者は老人から青少年に至るまで年間三万五千余人を超え、凶悪な殺人は増加し、事件は低年齢化しつつあります。
 かつて想像もつかなかった社会現象が現れてきました。いたる所で争いは絶えまなく、環境汚染、生命倫理の混乱、政治、教育、経済等あらゆる分野でも危機的状況が顕れてきました。過疎・過密の中で少子化による家族のあり方の変化は人間関係の希薄化などの影響を社会にもたらしてきました。さらに高度に発達した物質文明社会に身をおく個々の内面は生きる意味や希望が失われる状況にさらされています。こうした現代の社会状況は自己の価値観を絶対化し、物質中心の考え方に支配されてきた社会の進歩の限界を示していると言わねばなりません。

仏さまと共に

 いついかなる困難な時代においても、私たちの先人達は、その苦難を乗り越えてきたのは、仏さまの教えであったと言っても過言ではありません。仏さまの教えはすべての苦の原因は煩悩にあり、その煩悩に目ざめ、それを消滅することによって真実の幸せものになる(仏)と説かれました。
 仏さまの教えにあわなかったならば、人間は自己中心になり、言いたい放題、食べたい放題、したい放題、の欲望の限りをつくし、苦しみ多い生涯で終わらねばなりません。
 幸いにしてわが家に仏壇を安置して仏さまの教えにあうことによって、限りない命とあらゆるものに生かされている私であると尊い命に目ざめることによってあらゆる一切のものとの「和」の世界が開かれてくるのであります。
 その意味から種々の仏事は「いのちの尊さ」を学ぶ場でもあります。

仏事の見直し  葬儀

 葬儀は死を見つめる儀式であります。現在都会では故人は病院から葬儀場に送られ、枕経、通夜、葬式等々とわが家を離れて執り行われます。
 参列者もまた哀悼の思いも薄れつつあるように感じられる程、商業化されつつあります。蓮如上人の「白骨章」にあるように、他人の葬儀によって命の無常さを知らされ、我が人生を見つめ直す時にならねばなりません。こういった意味からも種々の仏事を見直し、お仏壇を中心にした生活を取り戻さなければなりません。

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旋風打


  • 南無常住仏、常住法、常住僧。すべてが変る世界にあって仏と法と僧は仏教で変わらない「三宝」とされる。
  • 三宝は仏を母親とすればその母乳である法 真理 を共に飲みいただく兄弟は同朋であり僧(僧伽)ということができよう。
  • 聖徳太子は「篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり」といわれ、現在もいずれの地、国にあっても三宝への「三帰依」によって仏教徒である。 この仏法僧をまたある人は仏教においての高次の実在といわれている。
  • 仏典の一節がある。広い暗黒の野原に無数の生物がおののきながらうごめいている。そこへ急に光りがさしてきた。すぐれた人(仏)が手に大きなたいまつ(法灯)をふりかざしている。すると今まで闇にうごめいていた生物が立ち上がってあたりを見渡し、自分と同じものが沢山いることに気づき、喜びの声をあげながら走り寄って抱きあった。 和合の僧(僧伽)が生まれたのである。
  • 「世界が戦争と不安に息詰まろうとも、方々でだれにも見えないが、ひそかに愛が燃えつづけている。」     ヘルマン・ヘッセ
  • 「一つの灯がともると、つぎつぎに他の灯に火が移されて、終るところも尽きるところもない。」 ともすれば人間や人類への不信と世界の先行きが懸念される時、私たちは三宝に導かれるあゆみを続けたいものである。 (藤田)

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サイパン・グアムで戦没者追悼法要


・サイパン玉砕から六十年
・南溟堂建立十五周年

 太平洋戦争末期、在留邦人を巻き込んで日本軍が玉砕したサイパン島の南溟堂で、さる十月十九日、本県仏教会主催で「太平洋方面彼我戦没者追悼法要」が営まれた。
 日本軍四万人(うち県出身戦没者四千三百八十一人)在留邦人、他多数の米兵ら外国人らが戦火に斃れた。
 十五年前、曹洞宗の秋田新隆師(現ハワイ開教師)が、戦友を弔いたいという願いに、当時、県仏教会名誉会長の谷耕月老師が応え、関市の亀山建設がカラパン地区に風速八十メートルに耐える六角慰霊堂を建て、南溟堂と名づけた。
 五年後には県民や企業の浄財で平和の梵鐘が鋳造され、県内九十九市町村を巡行したあと南溟堂に安置、盛大な法要が行われた。
 今回はサイパン玉砕六十年、南溟堂建立十五周年の節目に合わせた追悼法要で、谷老師の意志を継ぐ正眼寺の山川宗玄老師を団長に三十四名が参加した。
 法要では寺町研山県仏教会会長、澤田榮治県檀信徒会会長、山田大県遺族会副会長が追悼の辞を読んだ。勝真照法泉寺住職の読経に続き、山川団長がすべての戦没者に手向ける「法語」を詠んだ。  参拝者全員が焼香し、平和の梵鐘をついて哀悼の意をささげた。
 また二十一日には、グアム島の平和慰霊祈念公園でも追悼法要を営んだ。

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狸狸庵法話「地震」


松久宗心

 岐阜市の北部から山県市にかけて、今でも竹やぶが多い。この地域は、今から百十年ほど前、濃尾震災で壊滅的な被害を受けました。その後、地震の備えにと家の周囲に竹を植え、いざという時、竹やぶに逃げ込めるようにしたとのことです。
 平成十六年は災害の多い年でした。特に新潟中越地震の被害者の方々は、筆舌につくし難い思いをされました。多くの人の復興への協力はあるとしても、災害に遭われた方々が生活を取り戻し、故郷を復旧する事は並大抵の事ではありません。さらに、地震で受けた心の衝撃、恐怖心・喪失感から立ち直るのには時間が必要と思われます。
 今から百八十年ほど前、やはり新潟三条あたりで大地震がありました。倒壊家屋九千八百戸、消失家屋千二百戸、死者千四百名といわれます。
 この大地震の時、「良寛」さんは、遠縁にあたる山田杜皐に書簡を送りました。その書簡の最後には次のように書かれています。
「しかし、災難に逢時節には、災難に逢がよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。かしこ」と。
 この言葉はきっと、どのように困難な時でも平常心を失わないで困難を受け入れ、そして困難に精一杯取り組もう、と言っているのであり、また、「災難をのがるる妙法」とは自分の置かれた境遇を嘆いてばかりいないで、自分の置かれた立場を理解し、全身全霊をかけて災難に取り組む事を言っているのでしょう。 それにしても、この様な時にこう言い放つ事のできる「良寛」さんは、やはり並の人ではありませんね。この時「良寛」さん七十一歳、すでに生死を超越しています。

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ふくでんみょう


吉城郡仏教会会長 堀 英信

 豊かな田であればあるほど、そこに蒔かれた種の数倍、数百倍の収穫があるように、私達も心の田を培うことが大切だと諭しています。飛騨は法蓮草のハウス栽培が盛んに行なわれています。農家の方々が一番心がけているのが土作りです。植物は地上に伸びた分、又、それ以上に土中に根をはります。その根から養分を吸収し、太陽や水を始めとする自然の恵みを得て生育するものですから、根が健全に保たれるよう、それぞれにいろんな工夫をこらすそうです。私達も外観とか見栄(地上)に執われない、心(根)の土作りに励みましょう。

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各地の動き

七宗町仏教会

〇第三十七回檀信徒総会
 九月二十三日 於 上麻生飯田真光寺
 町長らを来賓に、百七十名 が参加。

     
  1. 『こころの日』推進。  
  2. お経を習おう運動推進。念仏講・観音講・ご詠歌・写経)  
  3. 文書伝導の推進 『法輪』発行。  
  4. 各寺の行事への参加。  
  5. 奉仕活動の推進。  
  6. 交通安全の推進などを決議した。
 記念講演
  『今、仏教徒として何をなすべきか』
 講師正眼短大助教授教務部長 龍福寺住職 後藤安弘師

〇浜松龍潭寺庭園と可睡斎精進料理 掛川花鳥園の旅
 十一月十六日 参加九十名


美濃市仏教会

〇すわらじ劇団
  『立ち上がった達磨さん』
 七月二十六日  於 美濃市文化会館

〇川端地蔵尊・川祭り法要 八月一日

〇川端地蔵尊秋彼岸法要 九月二十二日


岐阜市仏教会

☆長森南校区

〇お経を習いましょう(五十名参加)
 七月二十一日より一週間  於 蔵前・願照寺
 親から子、子から孫にとお経がつながり、年代を超えた信頼関係が生まれ、躾も身につき、各家庭の仏前で共に読経をし、雰囲気がなごやかになったという。

☆岩野田校区

〇総会・物故者追悼法要
 九月二十三日  於 珠泉院

☆本荘校区

〇『こころの日の集い』
 七月八日  於 高橋言智様宅
 パネルシアター  「稲村の火」
 法話 安藤龍昭師(三重県) 「無財の七施」のお話し

〇総会・物故者追悼法要
 十月八日   於 西福寺

☆三里校区

〇お経を習いましょう(九十四名参加)
 七月二十一〜二十五日於 善超寺、慶善寺、宇佐社務所

〇総会及び会員追悼法要
 九月四日  於 慶善寺(四十五名参加)

☆方県校区

〇お経を習いましょう
 七月   於 慈眼寺

☆島校区

〇お経を習いましょう(八十二名参加)
 七月二十七日より三十日  於 北島、東島、島田、西中島
〇旅行(第三十五回)(三十一名参加)
 滋賀県錦織寺・義仲寺

☆厚見校区

〇お経を習いましょう
 七月二十六日より三十一日
〇総会・物故者追悼法要 八月二十六日
  於 東川手・正福寺  法話 箕浦良信師

☆加納東檀信徒会

〇研修旅行(四十六名参加)
 十月三日 当日、生憎の雨でしたが全員楽しく一日過ごして来ました。元善光寺、光前寺参詣と(説法あり)松川りんご狩り お土産つきで荷物一杯でした。

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緊急支援のため「救援基金」ご寄付お願い


財団法人 全日本仏教会

 昨年の日本各地は、多くの台風が上陸し、広範囲の地域が度重なる風水害の罹災を致しました。又、十月二十三日新潟県中越地域を襲った大規模地震は、周辺市町村の住民と家屋、道路、電気、ガス、水道等に甚大な被害をもたらしました。死傷者の人数や被害の状況は、時間の推移と共に徐々に増えております。中越地域は、県内有数の豪雪地域でもあり、寒気と雨露をしのぐ住宅建設、ライフラインの復旧など一日も早く、平常の生活を取り戻すよう切に願う次第です。
 本会では、国内外における災害支援や人道的支援等に対し、緊急且つ迅速な支援対応をすべく、救援基金口座を開設しております。加盟団体、各ご寺院、檀信徒、門信徒の皆様の救援のご寄付をお寄せ下さい。尚、お寄せ頂いた救援基金は被災地域へのお見舞い、救援費など必要に応じた支援のため施行致します。  救援金の送付は左記の要領でお願い致します。

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